ファミリーレストランでフライドチキンを注文した。

美味しいが生前は屈強な鳥であったのか歯応えが強く苦戦していると、隣のボックス席のオヤジが店員に怒り始めた。

どうやらオヤジはほぼ同じ料理を注文したというのに、後から注文した私の噛み切れぬチキンが先に来た事に対し不満を抱いているようであった。
オヤジは自分のチキンが来た際に店員を呼び止めこちらを指を差した。
恐らく、何故あちらの方が早いのかと言おうとしたのだろう。
しかし、私と目があった瞬間、オヤジの言葉は途中で途絶えた。

何故このオヤジは私を見て止まっているのだろうかと疑問を抱いていると、鏡張りの壁に映る自分の姿が視界に入った。
そこには肉が食いちぎれぬ為に、我が子を喰
らうサトゥルヌスと化した私が映っていた。
「ファミリー」を謳う店には決して出てきてはならないものが出てしまった。

もし、店の壁紙が全面サトゥルヌスであったら非常に食事し辛い事だろう。
オヤジも衝撃を受けていたが、私も己の形相に衝撃を受けた。

私は動揺し
「あ、どうぞ続けてください」
とオヤジと店員に言葉を発した。
しかし、言葉通り続ければ店員は再びオヤジの怒りに晒される運命にある事に気がついた。
計らずとも店員を裏切ってしまった。

店員は既にもうダメそうであったが、オヤジは何とか仕切り直そうと口を開いた。
しかし、途中こちらに視線を向けた為に、食べにくい部位に差し掛かり必死にチキンを顎の力と腕力で噛み切ろうとしている現場がオヤジの瞳に映った。
どうか、許して頂きたい。ダイレクトに噛み切らねば口の中に入れる事すら叶わなかったのだ。
オヤジは隣で行われているディスカバリーチャンネルが気になり、それ以上言葉が続かぬようであった。

店員もオヤジも震えこちらを見ている。
サトゥルヌスの事はどうかもう忘れて欲しい。
どうにかその注目を己から逸らそうと「美味しそうですね」などとオヤジにフランクに語りかけてみたが、主語がない事に気が付き急いで付け足した結果
「美味しそうですね。勿論オジサンの肉がですよ」
などと、オヤジを肉として見ていることを仄めかしているようになってしまった。
倒置法がよりオヤジにより恐怖を与えた事だろう。
今、閑静なファミリーレストランでオヤジを喰らうサトゥルヌスが生まれようとしている。

店員は私を視界から消そうとしたのか顔を背けた。しかし、壁側を向いてしまった為に鏡越しに再び目が合ってしまい撃沈した。
私は己の発言の恥ずかしさから焦って肉を飲み込んだ事が祟り、若干喉に詰まりダメージを食らった。

水で流し込もうとコップに手を伸ばしたが、その中身はコーラフロートであった。
数分前の私が今の私を殺しにきている。
危機に瀕し混乱した私は、何故か店員ではなくオヤジに言葉にならぬ呻き声を出し助けを求めた。
余程不気味だったのだろう。オヤジは突如目の前で肉を片手に苦しみだした私に動揺し、コールボタンを連打した。

店長らしき者が出てたが、こちらの席に到着した頃には、私の咳は急激に治まっていた。
無駄に店長を呼んだだけになってしまった。
件の店員が機転を利かさせドリンクバーから飲み物をを持ってきてくれたが、何故かコーラであった。
先程の私の裏切りがカルマの様に巡ってきた事を感じた。
完全に私の喉にトドメを刺しにきている。

あれからなるべくチキンは持ち帰りするよう心がけている。


【追記】
オヤジは先程の苦情など無かったかのように振る舞いチキンを食べ始めたが、やはり噛み切る事に苦戦し、サトゥルヌスが二体になってしまった。

途中、食器を置きに来た店員は我々が視界に入ると、即座に食器を待ったまま来た道を戻っていった。

○参考資料
Wikipediaより一部抜粋