ある日、尻に巨大なデキモノができ、刺激せぬよう ささやかに過ごしていたが、猫に高速タップされ病院へ行く事を決意した。

最初は蚊に刺されたくらいであったので放置していたが、どうやら「粉瘤(ふんりゅう)」というものであった。
粉瘤は、痛む上にこれ以上刺激を与えれば爆発も辞さないとした姿勢で尻に生え続けている為、かつてこんなにも己の尻を丁重に扱った事があったであろうかという程に慎重に歩みを進めた。

何とか病院内へ辿り着いたが、受付に文句を言うオヤジという障壁が佇んでいた。
尻が張りつめていた為、問診票だけ頂こうと、「失礼」と声をかけ簡潔に症状を伝えたが
「尻が爆破しそうなので……」
と、不気味な爆破予告と化した。
受付とオヤジの空気が一瞬にして止まった。

これでは痔と勘違いされかねぬ為、具体的に説明しようとしたところ、受付の「爆発ってどんな…」という質問と重なり
「ふんりゅうぅぅ……!」
と、予測される病名を告げた為に爆発に向け力を溜め込んでいるようになってしまった。


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こんな所で爆発されては受付もオヤジも一貫の終わりである。
受付の者が声を震わせ、こちらとの会話の一小節ごとに謝罪の言葉を挟んでいる。
先程のオヤジのクレーム対応時よりも明らかに謝罪されていた。

3番目に呼ばれる為、少々待たねばならぬが、椅子に座れば爆破する事は目に見えていた。
そのまま立っていると、チラチラと受付の者とオヤジがこちらの様子を伺っている。
あまり目立つのも悪いと思い、私はさりげなく並行移動し、観葉植物に紛れる事にした。
しかし、受付とオヤジには逆効果であった。

多少の犠牲は払われたものの、ようやく呼ばれ、私は草間をかき分け診察室へ向かった。

時間で換算すれば大した待ち時間ではなかったが、精神的観点から見れば誠に長い道のりであった。
しかし、入室して油断したところを、看護師に「生年月日と名前」を言うよう促され
「広尾町のやーこです」
と、「マサラタウンのサトシ」のような自己紹介から診察が始まった。
医師の第一声が「どうしました?」ではなく
「市町村は大丈夫です」
で、あったのは後にも先にもこの時だけであった。

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ようやく医師の口から問診の始まりを告げる
「どうしました?」
が発せられた、その瞬間であった。

 尻が弾けた。
  それは、一瞬の出来事であった。

「パァッ」
と、自身から出たとは思えぬ高音が己の口から発せられた。
何故そんな音が出たのか、今でも解明されていない。

いよいよ頭の狂った患者だと思われたのか、診察室は静まりかえった。
「……どうしました……?」
と、医師は先程と一字一句変わらぬ言葉をこちらに投げかけたが、同じ言葉であるのに明らかに質問の意図が私の体調から頭へと変わっていた。
全てを投げ打ち帰りたくなった。


【追記】
しかし、奇声を発して尻を爆発させる為だけに来たとなるのも居た堪れぬので、耐える他無かった。

処置が始まった。
「絞りますね」
という、死刑宣告に近い何かが告げられた。
「既に爆発済みだというのに…更にトドメをさすんですか?」
と、聞き間違いであって欲しいと願ったが、医師の決意は固かった。
その日、私は唐揚げに付属されるレモンの気持ちを知った。

酷くなる前に行くのが一番だと本当に思った一件であった。
特にこれからは汗をかく時期であり、粉瘤に似た症状の化膿性汗腺炎というものもある。
私は何度かダブルでこの症状に悩まされているが、早ければ絞りとられる事もなく、尻爆弾を仄めかし罪なき人々を脅す事もなく、塗り薬で済む場合もあるので、粉瘤などが尻に生えた場合は酷くなる前にすぐさま皮膚科へ足を運ぶ事をお勧めする。

ちなみに、座り仕事が多い者や、勉強する学生にも多い。
あらかじめ、クッションなどで予防すると頻度は減ったように思う。

そして、実は中学時代にもこのように尻の実が生え、通学途中に音を上げ、姉に助けを求め、車で病院へ送ってもらった事があった。
病院前で降ろしてもらい、階段を登り何とか皮膚科の入り口へ着いたが、奇しくも休診日であり、その瞬間私の尻の実は静かに散った。
思い返せば、本文の件に含め、精神的にショックや緊張がほぐれた瞬間に爆破しているように思える。
私の精神状態と尻の実には密接な関係があるのかもしれない。

そして、事態を話し、爆笑する姉に護送され学校へ着いた。
学校へ連絡し忘れていた為、教師に呼び出され叱られそうになったが、尻の実の爆破についての話をしたところ、教員の態度がその日一日普段より優しくなった。

因みに何となく「広尾町」と書いたが、実際には広尾町には在籍していない。



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