近所を徘徊していたところ、スマホに
「君、今どんなパンツなの?」
と、不審な電話があった。

生憎、私は本日の自分のパンツが何であったかを失念していた。
それ故に、代わりに近く住む常に派手なパンツを大量に干しているジジイの家のパンツをお教えする他なかった。

「虹色のスパンコールと羽であつらえてありますね」
と、告げると
「……え?」
と、電話の男は一瞬素に戻った。
しかし、まだ大量に干してあるので
「あと……」
と続きを述べようとしたところ
「あと!?」
と、迫り来るパンツの気配に狼狽えていた。

「何か沢山あるんですよ」
と、一通り煌びやかなパンツを報告し続けると、初めこそ「えぇ……」などと、男は何かしら声を漏らしていたが、3枚目あたりから黙った。


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半数程伝え終えると、電話の男が恐る恐る
「何故そんなに派手なパンツを大量に所持しているのか」と、問いかけてきた。
誤解なきよう
「いえ、近所の爺さんのパンツです」
と、大切な事なので明言すると
「……何で……」
と、絞り出しすように言葉を残した後、再び静かになった。

確かに冷静になって考えれば、己のパンツが分からぬからといって何故ジジイのパンツを身代わりにしてしまったのだろうか。
そして、何故ジジイが派手なパンツを大量に持っているのかも謎である。

己の行動とパンツに思いを馳せていると、背後に何らかの気配を感じた。
振り向くと、その家のジジイが私の背後に立っていた。

最悪なタイミングで出会ってしまった。
このままでは、ジジイのパンツを何者かに密告する不審者である。
この状況をどのように説明すれば良いか、必死に頭を回転させた結果

「美しい! 素晴らしいパンツです!」

と、脳が状況説明を放棄し、私の口からはジジイのパンツへの賞賛の言葉が発せられた。
通話口を口元に構えたままであったので、電話の男からすれば、突然私がジジイのパンツに感極まったようになっている。
もはやどちらが不審な電話をしているのかも分からぬ状態となった。
ただ一つ分かっている事は、この瞬間、方向性は違えど、パンツ評論家が二名になったというだけである。

当のジジイは満面の笑みを浮かべ、家の中からジジイ秘蔵のパンツを持ち出し、お披露目が開始された。

電話越しの男は音声のみで、私は映像込みで、ジジイのパンツの解説を聞くという、謎の時間が訪れた。
男が通話を切らぬところから察するに、序盤とは毛色の違うパンツへの知的好奇心が芽生えているようであった。

ジジイのお気に入りはブーメランパンツに、エルビスプレスリーの腕に付いているシ紐状の装飾が装着されているものであった。
そして、それが「フリンジ」という名称である事を私と電話の男はこの時初めて知った。
ジジイのパンツを経て、我々の知識は深まった。

そして、スパンコールによる太ももの負傷や、羽の手入れなど、ジジイの苦労を知った。

「なんか……凄いな……凄い世界だ……」
と、いう言葉を最後に男は通話を切った。


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【追記】
文章冒頭の
「生憎、私は本日の自分のパンツが何であったかを失念していた。」
を、友人が声を出して読んだ際
「ちくしょう、私は本日の自分のパンツが何であったかを失念していた。」
と、「生憎(あいにく)」と「畜生(ちくしょう)」を読み間違えていた。
己のパンツについて語るチャンスを逃し、非常に悔しがっている変態のようになった。

何故読み間違えるのかと思いつつ、他の友人にも読んでもらったところ
「ちくしょう!私は本日の自分のパンツが何であったかを失念していた!」
と、更に悔しき感情まで魂入し、再び読み間違えられた。

これは友人達に問題があるのではなく、友人達の中で私が「パンツを語る事に情熱を注ぐ者」だと先入観が植え付けられている事が原因ではないだろうかと、大変不安になっている。

因みにジジイとは仲が良い。
パンツも多種多様で非常に面白い。
派手さに目が行きがちであるが、丁寧な作りで、確かに美しい。
私が持っていた日本一パンツの話をすると非常に興味深く訊いていた。



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