穏やかな昼下がり、私はアルバイト先のコンビニでオヤジと、その頭に佇むカマキリに威嚇されていた。

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カマキリとばかり視線を交わせていた為、オヤジとの意思疎通が疎かになった。
せめてもと真面目な顔を維持していたが
「聞いてるのか!」
と、オヤジが声を荒げると共にカマキリも両腕を掲げ本格的な威嚇に入り、私の限界が急速に距離を詰めてきた。

一体私が何をしたというのか。
カマキリとオヤジがリンクして責めてくる。
どのようなカルマが巡って今に至るのだろうか。
このままでは、オヤジの存在が疎かになる一方である。頭のカマキリを保護するにあたり屈んで貰おうとオヤジに声をかけたが
「とりあえず、頭下げてもらっていいですか」
などと申した為に、唐突に謝罪を要求する高圧的な店員となった。

オヤジは
「……え」
と、一瞬怒りを忘れ停止した。
正しく伝わっていない気がしたので、ジェスチャーを交え「カマキリがいる」旨を伝えようとしたが、オヤジの怒声と重なり
「何なんだ、お前は!」
「カマキリ……」
と、カマキリを名乗り、カマを掲げるポーズで威嚇する事態へと発展した

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自分の事をカマキリだと思っている不気味な店員になってしまった。
店内での人口密度をカマキリが上回った瞬間であった。
誤解を解くべく
「頭にカマキリがおりまして……」
と伝えたが、オヤジの中で既に頭のおかしい店員認定されていた為、私が頭の中にイマジナリーカマキリを生み出しているようになった。

「何なんだ……お前は……」
と、先程の「何なんだ、お前は!」とは同じ言葉だとは思えぬ程、オヤジの声から覇気は失われていた。
洒落にならぬヤベェ奴を見る目をしていた。
私はレジにあった鏡を見せ、イマジナリーカマキリがオヤジの頭部に実在する事を伝えた。
その瞬間、凄まじいオヤジの叫び声が響いた。

とてつもなく虫が苦手なようであった。
取ってくれと懇願されたが、オヤジがパニックに陥り頭を振まわすので難航した。
頭に触れる許可をとり、一先ずオヤジの頭部を両手で鷲掴み動きを封じたところで、バイトの木村が出勤してきた。

あわや暴行現場である。
木村は何故か一度ドアを閉め、その場を離れた。

後に、木村が
「やーこさんが、客の顔面に膝蹴りしようとしています。僕では止められません」
と、用事で外に出ていた店長に物騒な電話をしていた事が発覚した。



【追記】
カマキリは無事に、森へと放った。
オヤジも、外へと放った。

オヤジの要望はどうにもならぬ事であったが、半分以上カマキリに気を取られ聞いていなかった事と、身バレが怖いので伏せる。

カマキリは首の部分を持つと指を挟まれずして捕獲する事が可能であると訊くので、オヤジの頭から保護する際に実行してみた。
成功したかに思われたが、カマキリは驚くべき関節の可動域を披露し、後ろにカマを回され結局指は挟まれた。

その話を武術の先生にしたところ、首といえども胴体近くを持つべしと、フォークを用いてご教示頂いた。
食器と凶器以外でのフォークの新たな可能性を見た。
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因みにこの日は、カマキリの話の前に「派手なパンツのジジイ」の話をしていた為
「今日、碌な話してねぇ」
と、いう言葉で締めくくられた。

※派手なパンツのジジイの話    


【書籍】
孵化したての小さなカマキリを見つけ、夏の訪れを感じた。
しかし、それが自宅の居間であったため若干不穏な予感も感じている。
そんな ささやかな日々を送りながら本を出してます。

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