電車で吊り革を掴み揺られていたところ、前に座っているオヤジが割と大きめの声でブツブツと文句を言い始めた。

「触らぬ神に祟なし」と、そのまま無視を決め込もうとしたところ、カーブに差し掛かり車両が揺れた。
その瞬間、私の手はオヤジのなまざらしの頭皮に良い音をたて着地を果たした。

触らぬ神にダイレクトに触ってしまった。
祟りが怒りながら立ちあがろうとしている。
反射的に私は丁重に頭を押し戻した。
浮いたオヤジの尻は再び座席へと吸い込まれていった。

暫しの間、地から這い上がろうとする土妖怪と、それを阻止する寺の僧のような攻防が続いた。
次第にオヤジの威勢は衰退していった。

オヤジが弱っている。
この好機を活かし平和的解決へ向け、私が敵ではない旨を一気にオヤジ叩き込みたいところである。
私はオヤジとの対話を試み、口を開いた。
しかし、会話の切り出しを
「良い しゃれこうべ ですね」
と、オヤジの頭蓋骨に着目した為、オヤジと私の会話のキャッチボールは不穏な初球を迎えた。

私の言動のせいで、オヤジの頭蓋骨を抜き取りコレクションの一つに加えそうな雰囲気さえ漂っている。
土妖怪と僧かと思えば、僧の皮を被った化け物であったという化け物に化け物をぶつける展開となった。
とはいえ、会話の切り口こそ不穏であったものの、今後の話題の展開によってはまだ修正可能である。
私は会話を継続する事にした。

しかし、頭蓋骨から会話が広がる訳もなく、私が一人で喋る形となった。
「頭頂骨の形が非常に良い」
「大脳にとって理想的な構造」
などと、今にして思えばいくら一人で喋るようなオヤジであったとしても反応に困る内容であった。
会話のキャッチボールどころか、オヤジに一方的に頭蓋骨を投げ続ける事態となった。

先程までの周囲からオヤジへ向けられていた警戒の眼差しは、今や私に注がれている。
上位互換の不審者の登場に、乗客達は心身共に距離をとっている。
なんなら、オヤジの方が人間の頭蓋骨を狙っていない分、まだ無害そうであった。

オヤジを封じる件りで、既に私の降車駅は過ぎている。
窓の外の流れゆく景色だけが、私の心の拠り所であった。

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【追記】
電車は速度を緩める事なく、車窓に覗く木々を絵の具を混ぜあわせるかのように溶かしながら走行している。
快速急行であった。

次の駅に着く頃には、オヤジの頭がすっかり手に馴染んでいる事だろう。
オヤジの頭にも、私の手が馴染んでいれば良いと思った。


【書籍】
会話のデッドボールは頭蓋骨に被弾しましたが、本になりました。
大体こんな感じの本です。

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しゃれこうべ♪