その日、私はザリガニに尻を挟まれ、アルバイト先のコンビニの控え室で弱っていた。
ザリガニは無事であったが、尻だけでなく挟まれた拍子に木の枝に顔面を強打した。
ザリガニについて思いを馳せていると店先からレジをしていたアルバイトの木村の困惑した声と、客の怒声が響いた。
「あの店員を出せよ、ぶん殴ってやる!」
と、大変穏やかではなかった。
他に店員がいなかったので、私の事ではないかと察し急いで出ると、私と目が合った途端に客の怒声は止んだ。
既にボコボコの奴が現れてしまった。
私は荒ぶる客に
「どうなさいましたか?」
と、お怒りの事情を訊ねたが、客は「むしろお前がどうした?」という顔をしていた。
こちらが事情を訊ねても客は黙ったままであった。
数秒の沈黙ののち、ようやく口を開いたが、こちらの質問には答えず
「どうしたんだよ、それ……」
と、顔面事情について問うてきた。
「先程、ザリガニに尻を挟まれまして……」
と、私が顔面を枝に強打した理由を話すと、客は口をつぐんだ。
木村が泣きそうな顔をしている。
吹き出せば再び客に怒鳴られる恐れがあるので、必死に耐えている。
木村の中で、この客と共に私も危険因子と化していた。
「お前じゃない……あの、もう一人いるおっさんの……」
と、客はどうやら店員と勘違いしているが店長の事を求めているようであった。
店長は店のニ階にいたので、木村に店長を呼ぶように頼んだ。
木村は階段下から震える声ながらも懸命に大声を発し、店長に声をかけたが
「店長!男性に激しく求められています!」
と、何だか誤解を招く呼び出し方をしていた。
店長の降りてくる階段を軋ませる音が近づくにつれ、客は身構えているようであった。
しかし、階段からは、更に輪をかけて顔面がアザだらけの壊れかけの店長が現れた。
お前もボロボロなのかよと思った事だろう。
客があまりに顔を凝視しているので
「先日、犬に尻を噛まれまして…」
と、店長が顔面から転倒した理由を話すと、客は再び口をきつく閉めた。
奇しくも先程の私と似たような説明となっていた。
連続でザリガニと犬に尻を攻撃された店の者が出てくるとは思わなかったのだろう。
私も店長が愛犬に尻を噛まれた話をゲラゲラと聞いていた天罰が、2日後にザリガニを介して自分の尻に訪れるとは思わなかった。
人の不幸を笑ってはいけないと学んだ。
そして、今まさに目の前で同じように人の不幸について盛大に吹き出した客と木村についても、重めの天罰が下るであろうと私は予想している。
【追記】
尻は店の裏の小池のザリガニにやられた。
店長も、ザリガニに挟まれパニックなった愛犬に尻を齧られた。
ザリガニのハサミで尻は挟まれないと思ったら大間違いである。
因みに店長が尻を噛まれたと聞いて、どんな気合いの入った犬かと思ったら、チワワであった。
ザリガニに挟まれたら、慌てず地面に置いてやるor尻尾を水に付けるとハサミを解いてくれる。
振り解くと自分もザリガニも痛い思いをするのでやめた方が良い。
しかし、尻に関しては布が防御となり、指程は痛くはなかったが、ちくっという感じに驚き強打した顔面の方が問題であった。
犬も、犬を挟んだザリガニも、尻を挟んだザリガニも無事である。
無事でないのは店長と私だけである。
そして、この店でこの時ボコボコでなかったのは木村だけである。
消去法で逆に自分がボコボコにされるのではないかと人知れず怯えていたという。
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