愛猫が水は飲むが食事を少量しか摂らなくなり、トイレへ行く回数も減ってしまった。

何を与えても少量しか食べず、病院へ定期的に足を運んでは獣医師と相談の日々を送った。

そんなある日、ふと地域猫時代に食べていた物を与えてみたところ、食欲が徐々​
に回復し、ついにトイレで大きい方を致した。
しかも、綺麗に使用している。
喜びに涙を浮かべトイレを片付けながら
「感動いたしました」
「素晴らしい尻捌きです」
などと感情の赴くままに褒めちぎり、近くの人間の方のトイレに入っていた母に対しても
「お母さん、見て欲しい!この素晴らしい尻捌きを!」
と、大声で話しかけ続けた。
しかし、数秒後トイレからは母ではなく、知らぬオッサンが現れた。


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エアコン業者の者であった。
オッサンを褒めたようになってしまった。
何故私はトイレに篭るオッサンを賞賛せねばならなかったのか。
そして、オッサンも何故「良い尻捌きだ」などと初対面の者に褒められねばならなかったのか。
しかも、「お母さん、見て欲しい」などと呼びかけた為に、母を招集しオッサンの見守り体制をより強固にしようとしているかのような印象を与えている。

オッサンも私も、世界中のあらゆる言語をこの手に収めたとして、この心情を正確に言葉として創ろう事は不可能であると思われる。
必死に愛猫の久々のトイレに感極まった旨を伝えたが
「久々にトイレを使ってくれて…嬉しくて…」
と、人が寄りつかなくなった公衆便所の神しか言いわないであろう言葉が発せられただけであった。

我が家のトイレには綺麗な女神様はいない。
代わりに現れたのは半泣きで尻捌きを褒める変人である。

あくまで私が褒めたのはオッサンではなく、愛猫である。
誤解して頂いてはいけない。
見せるのが一番手っ取り早いので
「トイレを見てもらえば分かるんですが、猫のトイレの事でして」
と伝えたが、オッサンは前半の「トイレを見てもらえば分かるんですが」の部分のみを聞き、再びトイレの中へと消えていった。
「猫のトイレの事でして」という重要な部分を先に持ってくるべきであった。
個室の中でオッサンは謎にトイレを見つめる事となった。

私はこの隙に階段を駆け上がった。
猫は既に自室にいた。

あの後、オッサンがどのように過ごしたのかは知らない。
ただ、一つ確かな事は、今リビングのエアコンは好調であり、オッサンが己の責務を立派に果たしたという事である。
オッサンのおかげで、リビングは快適であった。

しかし、私の部屋のエアコンが、ボゴォッゴッボファと、えづき始めた。

あの日見たオッサンの名を私はまだ知らない……。
しかし、小さな店なので呼べば十中八九あのオッサンが現れるだろう。

私は全ての思考を投げ打ち、窓から外を眺めた。
木の葉が天高く舞う、吸い込まれそうな秋空が広がっていた。

【追記】
願わくば私の先の失態の数々を吸い取ってほしいと思った。
全ては夢幻であったと、誰か私を安心させてはくれぬだろうか。
そして、オッサンはトイレを見つめながら何を思ったのだろうか。
そこから得られる情報は何一つない。

エアコンはまだえずいている。


2年ほど前の話であるが、猫は今はもりもりと食べ、早朝早くに
「飯をくれ」
と、起こすようになった。
私の睡眠は若干脅かされているが、食べる姿を見るたびに胸を撫で下ろしている。
ついでに、猫は撫で回している。
尻捌きも好調である。

先日動物病院で「最近はどうか?」と尋ねられたので
「我が家の誰よりも尻捌きが上手い」
と、お伝えしたが、正直「我が家の誰よりも」の件りはいらなかったと反省している。



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