前日の深酒が祟りアパートで頭痛に苦しんでいたところ、隣の住人の部屋から旧ドラえもんの曲「ぼくドラえもん」が爆音で流れ始めた。

何の仕打ちだろうか。
ホンワカパッパが私の頭を執拗に攻撃している。
私はドラえもんに耐えかね、手土産を持参し頭痛薬が効くまで一時間程ホンワカパッパを控えて頂けぬかとお願いしに行く事にした。

今までのクレーム対応の経験から察するに、人間関係のトラブルの多くは伝え方によるものである。
心してインターホンを押すと扉が開いたので、私は感じが悪くならぬよう微笑んだ。
しかし、住人の男の視界には扉の開放と共に、赤ら顔で脂汗をかく目の焦点のあっていない者が薄ら笑いを浮かべ立っている様が映し出された。


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しかも、手には鋭利な冷凍イカを持っている。
私の心ばかりの手土産である。

玄関を開けたら宗教勧誘の中年女性ではなく
いきなり教祖が現れたくらいの衝撃であった。
大きく開かれていた扉は男の防衛本能により若干狭められた。
私は縮んだ扉の隙間に合わせて移動した。
必死に笑顔を保ち本題を懇請した。

「今、薬やったので完全に効くまで1時間ほど音のご協力をして頂けませんか?」

「薬」という単語に妙な緊張感が走った。
扉の幅はみるみる狭まり、今や男の顔が半分しか見えぬ程となっていた。
男は黙ったままこちらを見つめるばかりであるので、私は
「おほっ……優しい人……」
と、精一杯の褒め言葉と鋭利なイカを扉の隙間にねじ込み、自室へと帰った。


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しかし、自分の部屋に戻った瞬間、私はバランスを崩し、先の男の部屋側の壁にぶつかった。
そのうえ、その際に
「オオオオオオオオォォッッ!!!!」
という雄叫びも添えられた。
今しがた、穏やかに話が済んだというのに、部屋に戻ると共に乱心し壁を蹴り上げたかのようになってしまった。

完全に恐怖の隣人である。
誤解されてはいけないと、私は壁越しに必死に男に謝罪の言葉を発した。

しかし、男からすれば、鋭利なイカを部屋に押し込まれたうえに、突然激昂し壁を蹴られたかと思えば「すみませんすみませんすみません……」と壁越しに謝罪を述べる声が響いている事態となっている。
明らかに正気の沙汰ではない。
今思い返しても、警察を呼ばれなかった事は奇跡に等しい。

その後、一時間以上の時が経ったが、隣の部屋からホンワカパッパが聴こえる事はなかった。

次の日も、その次の日も、粛然たるものであった。



【追記】
その後、男と会話をする仲となり判明したが、完全にヤベェ奴だと思われていたらしく、イカで刺されるかと思ったと言う。

何故ホンワカパッパが流れていたかというと
「そういえば、全部の歌詞聴いた事ないな……」
と、思い至り流したという。

わりと歌詞がドラえもんが開き直ってて好きである。
私もこのマインドで生きていこうと思う。


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