電車に方向感覚を失った蝉が乗車してきた。

驚いたサラリーマンが私にぶつかり、私は通路の真ん中に立っている手すりに捕まり転倒を免れた。サラリーマンが謝罪しようとこちらに声を掛けた瞬間、私の背中のチャックが盛大に裂けた。

蝉の羽化の実写化を見せつけてしまった。
サラリーマンは叫んだ。
蝉も「ジジジジジジ」と私の周りを旋回した。

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私はせめて美しいタンクトップを下に着てくるべきであったと後悔した。私の年季の入った汚ねぇタンクトップがご開帳である。


突如始まった私の羽化と、飛び回る蝉という地獄絵図に車両内はパニックに陥った。
近くで英単語を覚えていた男子学生が死に
かけの蝉よりも死にそうになっている。

何故乗客たちは蝉の一生の略図を電車内で強制的に見せつけられているのだろうか。
サラリーマンは半泣きになりながら
「……蝉が……あぁ……背中が……」
と、うわ言を言い始めた。

とりあえず体制的にも明らかに木の枝に掴まる羽化途中の蝉なので、せめて姿勢を立て直そうとした。しかし、私は背中を丸めたままバランスを崩し、手すりに添って回転した。
私の羽化が360度展開された。
反対側にいた無事であったジジイも「うわぁっ」と小さく悲鳴をあげた。
もはや蝉よりも恐怖の声を集めている。

回転によりサラリーマンと男子学生に、より深刻なダメージが入った。
学生の手から英単語の暗記カードが落下し単語が散らばった。

暗記していた英単語が私の羽化のせいで記憶からも飛び散っていないことを祈る。

【追記】
蝉の羽化は夏の神秘の一つである。
しかし、羽化の実写化は混乱を招くばかりであった。

私的には背中が公開されたくらいだろうと思っていたが、実際は尻くらいまでいっていた。

それはそれは見事な羽化でした。

体感と現実は必ずしも一致しないので、意図せぬ羽化の際は、すぐさま己の背を確認をすることをおすすめする。

【書籍】
羽化はしませんでしたが、本は出ました。

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「尻でカスタネットを奏でたら視線が刺さり震えたが今日も猫は愛おしい」
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